家庭料理研究家奥薗壽子オフィシャルサイト

昨日、印象派展に行ったんだけれど
実は、ここ一ヶ月くらいかけて
小林秀雄の「近代絵画」という本を読んでいて
どうしても、印象派の絵を見たくなったからでした。
「近代絵画」(小林秀雄著 新潮文庫)
この本は
ボードレールから始まって
モネ、セザンヌ、ゴッホ、ゴーガン、ルノアール、ドガ、ピカソ
について書かれた本。
正直、絵画論とか、画家について書かれた本は
これまで全く読んだことがなく
あまり読みたいとも思ったことがありませんでした。
というのも、
なんかこういう本を読んでしまうと
純粋に、自分の感覚で絵が見れなくなるような気がするからで
じゃあ、なぜこの本を手に取ったかと言うと
ゴッホの所だけ読みたかったんです。
前にゴッホ展に行ってから
妙にゴッホのことが気になって
ゴッホの映画を見たり
「ゴッホの手紙」(小林秀雄著 新潮文庫)
を読んだりしたら
ますます、なんか惹かれるものがあって
だから、この本、最初はゴッホの所だけ読もうと思っていたのに
読み始めたら、めちゃめちゃ面白くて
もう止まらなくなって、全部読んでしまいました。
何にそんなに惹かれたのかというと
画家と絵の関係って
料理と料理研究家の関係とめちゃ似ているなと思ったからでして。
画家にとって絵を描くとはどういうことなのか
何のために書き
何を表現しようとしているのか
何を目指しているのか
それは、そのまま
料理研究家にも言えるなって思ったんです
何のために料理を仕事にし
料理で何を表現しようとしているのか
どこを目指しているのか
例えばルノアールは
「絵描きは人に見てもらうために書く」
と思っているのに対して
ゴッホは自分の中の別の力が絵を描かせている
セザンヌは、何を書くかというモチーフにこだわり
ドガはどう書くかという、物の質にこだわる
色にこだわる画家もいれば
色ではなく光にこだわる画家もいる
そういった、一連のことが、そのまま料理と料理研究家の関係として語れるのです。
食材にこだわる人もいれば
盛り付け(出来上がり)にこだわる人もいる
食材にこだわる人もいれば
味の組み合わせにこだわる人もいれば
香りにこだわる人もいる
料理を仕事と割り切って、お金儲けをしたい人もいる
そう考えると
絵画でも、料理でも正解というのはなく
大事なのは
その人が、自分が本当に良いと思うものを
どこまで真摯に追求できるかという事にかかっているかもって思う。
昨日の話で言うと
ルノアールとドガと
美しいのはルノアールだけれど
美しい方が優れているか、というとそうではない。
ルノアールはルノアールの良いと思うものを
ドガはドガがいいと思うものを
真摯に追及して描いているところが素晴らしい。
だから料理も、正解はなく
自分がいいと思うものにどれだけ近づけるのか
大事なのはそこです。
料理研究家と名乗る以上は
そこを追求し続けることが大事だと思ったのでした。
ちなみに私は料理研究家ではなく
家庭料理研究家なので
これまた、一般的な料理研究家とはこだわっているところが違っています。
でも、それって、他の人にはどうでもいい所なので
上手く伝わらないこともある。
私のこだわりは
食材の質というよりも
誰でもが手に入れやすいかという事
どんな人でも作れるかという事
手をかけて美味しくするよりも
手を抜いておいしくできる方法を考える事
ワクワクも大事
ワクワクは最高の調味料だからね
だからね、
見た目は限りなくそっけなくなることもしばしばで
作り方とか、材料だけを見て、“不味そう”って思われることもしばしばある。
それはもう、慣れているから、気にしないけれど
家庭料理研究家って言うのは
そこの所を、必死で研究しているの。
ルノアールの絵に癒される時もあれば
ドガの絵が妙に心に残ることもあるように
その時々、
私の料理が、しっくりくる時もある・・・かも
それでいい。
そんなことを思いながら、この本を読みました。
小林秀雄なんだけれど
私でも読めるくらい、全然難しくないから
おすすめです。

コメント
壽子先生、素敵ですよ(*´∀`*)ノ
明日の料理のレシピ楽しみです(^^)
今は、余り食欲不振ですが。
回復したら、奥薗壽子先生の料理のレシピ見ながら作って食べたいです。
今は、あっさりした味が食べたいです。
酢の味が食べたいです。では……。
何かを食べたいと思う気持ちは、生きる力です。
身体が、心が、生きようとしています。その力が、回復に向かわせてくれるはずです。
食べたいもの、一杯考えて、退院した時の楽しみにして下さい。
12月に作った野沢菜漬けが酸っぱくなってきたので
ニンジン、ちくわ、油揚げを入れて
煮ものにしました
野沢菜が柔らかくなって食べやすくなりました
ばっちゃんのリクエストで「小松菜と鶏肉のニンニク煮」
を作ったので葉っぱいっぱいの料理になりました
小松菜と鶏肉のにんにく煮を、ばっちゃんがリクエスト!!
わーいわーい、うれしいな。
野沢菜の入った煮物、どんな味だろう、食べてみたいな~~。
マイブームが次々とやって来ます(笑)。
フライパンでトーストというのにハマりそうです。大家族ですとトースターは必要だと思います。でも、ゆっくりフライパンでトーストを作るのもいいんですよね。丁寧にお料理できる時もあれば、秒速で手抜マックスの時もあります。作って食べて終わりではなく、後片付け、翌朝のお弁当作り、お昼のおかずまで考えてますよね、私たち。私はモジリアニが好きですが、見て元気が出るような絵ではないです。でも、好きです。。。どうしてだろう???
フライパンでトースト!!私もめちゃハマった時期があります。
フライパンで焼いたパンは、なんかまた別の美味しさがありますよね。わかる~~~。
モジリアニの細長~~い顔、私好きですよ。自分の世界観を持っている人って、良いなって思います。
料理研究にも色々な方がいますが、それを受けて作る側も様々な人がいる。
ボクにとっては、奥薗姐さんの、誰でも手に入りやすく安い食材・調味料で、誰でも簡単に手間なく作れる家庭料理のレシピが合っていたみたいで、それが今でも奥薗流レシピを作り続けられている理由かな?と感じています。
そして旬の食材を美味しく食べるレシピや遊び心があり作っていて楽しいレシピなんかも、作ってみようという気にボクはなります。
昔柄谷行人と言う人が、「送り手と受け手との間には「命懸けの飛躍」がある」と言っていて、どんなに送り手が頑張っても受け取り手がいなければ意味がない。受け取り手が受け取った後に初めてなぜ受け取ってくれたか?の理由を後づけできるようになるが、送り手と受け手の間には受け取る前はなんの根拠もない命懸けの飛躍があると説明していました。そしてどうやったら受け取り手に受け取って貰えるか?は受け取り手は他者なので、送り手側にはどうする事も出来ない。どうする事も出来ないけれど送り手側は命懸けの飛躍をして受け取り手に届けると説明していました。
ボクは受け取ってくれる理由が送り手側に分からないのであればガンバリようが無い、と以前は解釈していましたが、最近は送り手側が一生懸命創意工夫試行錯誤したならば、神様がその努力を認めてくれて、受け取り手が受け取ってくれるようにしてくれる、だから理由が無いからガンバらないガンバレないではなく、理由が無くても自分で出来る事については一生懸命創意工夫試行錯誤努力する事が大事だとボクは解釈するようになりました。
なんか訳の分からない話ですいません🙇♂️
奥薗姐さんのレシピが多くの人に支持されて作られているのは、自分のレシピを信じて精進しているのを、神様が認めてくれているからだとボクは感じています。
ヘンな宗教の話みたいですいません🙇♂️それでは失礼致します🙇♂️足立区一のお調子者f@
深いコメント、ありがとうございます。
私も昔は、これで大丈夫かなって、かなり不安だった時期もあります。
っていう、今でも、Youtubeをアップする時は、めちゃドキドキしています。
自分に自信がないというのとはちょっと違うんだけれど、やっぱりいつもドキドキしています。
でも、いつの頃からか、一生懸命やったんだから、ダメでもしゃーないやんって思えるようになった。
だめじゃないのよ。一生懸命やったって事の価値は、なくならないのよ。
ルノアールが、3年くらい必死で頑張って、全力で書いた裸婦像がケチョンケチョンに言われたことがあったそうなんだけれど
(うまいんだけれど、ルノアールっぽくないから、???ってなる絵なんです)
彼は、最後まであれは僕の最高傑作だ、人は僕がどれほどこの絵にエネルギーを注いで努力したかを知らない
って言ったっていう話が、本に書いてあって
その話、良いなって思った。
自分が努力したことは、自分が分かっていればいいわけで、自分の価値は自分が決める。
それは、言い換えれば、神様はちゃんとわかって下さっているってことだと思う。その部分で自分を信じられる生き方をしたいなって思うl
ボクは努力しても報われる事が無い場合も多いけれど、何もしなければ神様は見てもくれないので、努力する事は必要と考えていましたが、他者が受け入れてくれる、神様が努力を認めてくれる前に、たとえ神様に認められなくて他者に受け入れられなかったとしても、努力した経験は自分の血や肉になって自分が成長でき、一生懸命やった価値は無くならないという意味でも努力する事は必要なんだなと改めて感じました。
そして一生懸命努力して自分が納得していたなら、たとえ神様に認められず他者に受け入れられなかったとしても、それはどんな境遇であれ「成功した人生」と言えるのではないか?とボクは感じました。
ありがとうございます🙏
若い頃からもっと映画作りとかに一生懸命努力していたらボクの人生も変わったかもしれませんが、遅すぎる事はない。52歳からでも自分が今いる立場の中で、やるべき事やれる事を一生懸命こなしていけば、受け入れられるかどうかは分からないけれど、自分が納得できる「成功した人生」を52歳の今からでも送る事が出来そうだとは感じました。勇気が出ました。ありがとうございます🙏
それでは失礼致します🙇♂️足立区一のお調子者f@
ps自分の努力に納得できるかどうかは自分次第、自分で決められるので、これなら誰でも「成功した人生」を送ろうと感じれば送る事が出来るのも良いですね😉
私が、申し上げる事ではないのかもしれませんが、人生において遅いという事はないと思います。
なぜなら、これまで生きてきた時間は、全て自分の糧であり、宝だし
これから映画を作られるなら、若い時よりも、その糧や宝をたくさん持っている今の方が断然いいはずです。
私も、今、新しい挑戦をしようと思ってもがいています。
結果ではなく、もがいてみることも、いいのではないかと思っています。
何もしないより、もがいてみるだけでも、素晴らしい事のように思うのです。
ちょっと調子に乗り過ぎました🙇♂️
そんな簡単に人生の正解は見つからないですね。だからこそみんな必死で努力しながら生きている。
ボクは逃げてばかりいる人生で、必死で努力して何かを成し遂げる事が少なかった。
だから糧になるような事や宝と言えるようなものもほとんどありません。
でもこれからは、これ以上逃げられるような余地が無いような最底辺にいるからかもしれないですが、逃げないでやるべき事やれる事はきちんとこなしていこうと感じています。
そして映画を撮るとかお笑いをするとか、新しい事も、自分に出来るかは分かりませんが、もがいてやってみようと今のボクは感じました。
新しい事をするのは正直怖く、やる勇気も起きないですが、何もしないよりももがいてみるだけでもその方が価値があるし、人生も楽しくなりそうだから。
しつこくコメントしてすいません🙇♂️それでは失礼致します🙇♂️足立区一のお調子者f@
全然調子に乗ってないですよ。むしろもっと調子に乗ってほしいくらい。
映画をたくさん見てきて、あれだけの細かい感想をかき出す作業をされて
あれで何もやっていないなんて、絶対あり得ません!!
逃げてるとは思わないし、もし仮に逃げたとしても、逃げたほうがいい場合もある。
もがいてみる!!それは、大賛成。人生もがいてもがいて、最後までもがき続ける
私ももがき続けます、それって、最高じゃないですか。
何かを成し遂げたら、それで終わりです、でも、もがき続けることは、ずーっと続けられるから
こっちのほうが、絶対いい人生だと思うけどね。
足立区一のお調子者なので、そう言ってもらうと又調子にのってしまいます😆
ボクの唯一の成功体験は一浪で合格した大学受験くらい。就職も上手くいかなかったし、司法試験も失敗したし、プライベートでは結婚どころか恋愛経験もほとんどない。
そして今では精神障害者B型作業所に月・水通い〔時給は250円)、土曜日に精神科のデイケアに通っているだけ。
しかし負け惜しみではないけれど、今が1番好きな事をやれていて、今が1番楽しい。
今までは働いてもまともに稼げず、だからといって家事や身の回りの事もほとんどやっていなかったので、出来る事は何もないと無力感を感じていたけれど、この4年くらいで母の介助と家事をほとんどこなした経験で、働いてまともに稼ぐ事は諦めたけれど、なんとか家事や身の回りの事が独りになっても出来そうだと言う自信が持てたのも、今の人生が楽しくなった大きな理由です。
この経験から、実際にやってみて、それを継続する事の大切さを実感するようになりました。
どんな事でもやってみる。そうすれば自分の経験になり、自分の道を切り拓いてゆける。そう感じられるようになりました。
預貯金が無くなり、生活保護に移行する事になって生活が更に苦しくなったとしても、4年間家事や母の介助をした経験と自信があるので、乗り切れるような気持ちに今はなっています。
そして金は無いけれど、時間には余裕があるので、やるべき事をやった上で、新しい事やりたい事にも挑戦し、やれる事を広げていけたら良いなと今のボクは感じています。
長々とコメントしてすいません🙇♂️これは自分に対する決意表明にもなりました。
それでは失礼致します🙇♂️足立区一のお調子者f@
自分の身の回りのことが、自分でできるって、それ凄いことだと思いますよ。
しかも、お母さんのお世話もきちんとされていて、それはすごいなあって思います。
やりたい事って、別に世間の評価じゃないと思うんです。
自分がそれをやらずに死ぬことがあったら後悔するようなこと。別に結果が出なくてもいいし、途中で投げ出してもよく
でも、やったことがあるのと、まったくやらずに人生が終わるのとでは、まったく次元が違う。
やりたいことを温める事、それだけでも素晴らしいと思います。
M-1の令和ロマンのネタに「やらない後悔よりやって大成功」と言うセリフがありました。多分本来は「やらない後悔よりとりあえずやってみる」とか「やらない後悔より失敗したとしてもやってみる」とかいう教訓だとボクは感じるのですが、「やらない後悔よりやって大成功」の方が明るく前向きな言葉で、よりやる気になる言葉だとボクは感じています。
「やらない後悔よりやって大成功」の気分で少しずつやっていきます😃
ちなみに今日、やる気になったので、まず第1歩のショート動画3本を、youtubeの「守山信明」チャンネルにアップしてみました。出来る事からやっていきます💪
それでは失礼致します🙇♂️足立区一のお調子者f@
ps お忙しい中きちんと返信頂きとても嬉しいです😆ありがとうございます🙏
おお~~~っ、素晴らしいです!!
Youtubeチャンネル、チャンネル登録しましたよ。
楽しみながら続けて下さいね。ファイト!!
チャンネル登録ありがとうございます🙏インスタのコメントもそうですが、本当に励みになります🙏
それでは失礼致します🙇♂️お忙しい中、長々と付き合って頂きありがとうございます🙏足立区一のお調子者f@
かんばって!!
今まで、絵を描くことと料理をすることを、関係づけて考えたことがなかったです。
何を感じて、どうように表現するか、あるいは、何を求めて。
奥薗先生のお言葉に、あぁ そういうことなんだと、合点がいきました。
私、若い頃に絵を描くことがありまして、
興がのると、考えることなく、胸の奥から湧き溢れる想いのままに、絵の具を筆先に踊らせて、キャンバスに走らせたりしていました。
私の絵を認めてくださる方もいて、一時は半分本気で、美術の道に進みたいと思ったものでした。
でも、奥薗先生が、家庭料理にご自分の人生を懸けられたような、自分の未来を絵に懸ける勇気が無くて、普通の道!?を選んだのでした。
どちらが正解だったかはわかりません。
今は今の自分の有りよううを、ありがたく想っています。
上京した時は、上野の美術館や博物館を巡るのも楽しみにしています。
次回は、どんなテーマで展覧されているか、楽しみにしているところです。
そうなんですか。だから、美術館とか博物館に興味があるのですね。
絵を見ると、いろんなことを思いますね。
うまいとか、へたとかって、一体なんだろう
にんげんの下す評価って、なんかくだらないなって思う。
美術館に行くと、元気になれますね。
今、東京ではモネがすごい人気です。今言っても、まったく見れないくらいの人気だそうです。
あ、そうなんですね!
今週末に上京いたしますので、間に合うのかな。
教えてくださり、ありがとうございます。
アーティゾン美術館です。でも、めちゃめちゃすごい人で
正直、絵をまともに見ることができないと言っている人もいます。
もしいかれるなら、チケットは、あらかじめネットで買っていかれるほうがいいと思いますよ。
奥薗先生、こんばんは!
≫その人が、自分が本当に良いと思うものを
どこまで真摯に追求できるかという事にかかっているかもって思う。
先生の家庭料理研究家としてのこだわりポイント
私はすんごく!助かっていて、楽しくて、時短で、でも美味しくて
家族も笑顔で、浮いた時間を他のことに使えるようになったの本当にうれしいです!
長~くご活躍されていることも本当に大尊敬で、
本当にありがたいです。
また、先生は感性が豊かで素敵だな~♪と思いました!
うれしいコメント、ありがとうございます。
頂いたコメント、とても励みになります、感謝感謝です。
これからも、どうぞよろしくです。
私は先生のレシピはユニバーサルデザインだなと思います。どんな人にもどんな状況でも作りやすくて、病気してる今はとても助かってます。最近、先生のわかめとしめじのレンジごま和えが好きなんですよね。ぜんぜん映えないけど、作りやすくてホッとする味で。でも365日、毎日映えてるわけにもいかないし。料理ってこういうのでいいんだよと背中押してもらえてる感じがいいんですよね。長くなりましたが、いつも本当にありがとうございます。
うれしいコメント、ありがとうございます。
とれもが励みになります。感謝です。
これからも、どうぞよろしくです。