家庭料理研究家奥薗壽子オフィシャルサイト
今日は、Zoom講座です。
茨木のり子詩集「歳月」
詩が読めない、分からないから
こういう講座を受けたところで、置いてきぼりになる予感しかしなくて
受講はしないつもりでいたのですが
2日くらい前に(本当に申込期日ギリギリで)
やっぱり…・と思って申し込んだのでした。
なんで、詩もわからないのに申し込んだかというと
実は、茨城のり子さんとは不思議なご縁がありまして
(と言っても、個人的に一方的にご縁と思っているだけの事なんだけれど)
受講した方がいいような促しを感じたからでした。
不思議なご縁(と言っていいのかどうかわからないのですが)はいくつかあって
まず一つ目は
生まれて初めて、心惹かれた詩が茨木のり子さんの「汲む」という詩だったんです。
詩集を読む習慣も、趣味もないんだけれど
たまたま、何かで「汲む」という詩を目にして、読んで
なんか、心から離れなくなったんです。
20代後半か、30代くらいの頃だったと思う。
あれから、折に触れて何度も何度も読んでいます。
そして読むたびに、何か、自分の中の大切なところに戻る感じがする。
今でもそうで
自分が、いつも立ち返る場所なのです。
でもね、正直に白状すると
この「汲む」という詩だけなんです。
茨木のり子さんの詩を愛読しているのかというと、全くそんなことはなく
一応、「言の葉1」は読んだし
「歳月」も読んだ。
でもやっぱり、私にとっては「汲む」なんです。
不思議なんだけれど‥。
そして、2つ目のご縁。
ある日、茨木さんの誕生日と亡くなられた日をみたら
父とほぼ同じで、驚いたのです。
茨木のり子さん
誕生日 1926年6月12日 命日2006年2月17日
父
誕生日 1926年6月23日 命日2006年2月26日
こんな近い人いる?
これって、同じ時を生きたって言っていいですよね。
これに気づいてから
茨木のり子さんが書いたものを読むと
この時、父も確実に生きていたんだなあって思うようになり
なんか、不思議なつながりを感じているのです。
そして3つ目
茨木のり子さんがなくなるまで暮らしておられて家が今も残っているのですが
私、その近くに住んでいたんです。
歩いていくには、ちょっと距離があるけれど
自転車なら、すぐに行けるくらいの距離で
実際、その近くを何度も通っているはずなのです。
それも、茨木さんがそこで暮らしておられる時期に。
その当時は、茨城のり子さんがそこで暮らしておられるなんて知らなかったのですが
だから逆に、何か不思議なご縁を感じるのです。
そして4つ目
「茨木のり子」っていうお名前はペンネームなのですが
それって、茨木童子からとったってことを何で書かれていたのを読んだ時
えええ~~~って思ったんです。
茨木童子って
京都の一条戻り橋というとこで
源頼光に退治されたと言われている鬼で
歌舞伎の外郎売のセリフの中にも出てくるんです。
茨木童子が腕栗五合掴んでおむしやる、かの頼光のひざ元去らず
外郎売のセリフというのは
活舌の練習のために
アナウンサーさんとか、役者さんとかなら、必ず練習するものなんですね。
私は、演劇をやっていたので
その頃から、毎日一回は外郎売のセリフを一日一回は唱えるのが習慣で
今でも、外郎売のセリフは日課なのですが
私が、毎日唱えている茨木童子が、
茨木さんのペンネームの由来って知った時
どうでもいいことなんだけれど、
なんかやっぱり、ご縁を感じたのでした。
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というわけで、
なんかわかんないんだけれど
茨木のり子さんとは、不思議なご縁があるって、勝手に思っていて
今日は、詩集の講座に出たのでした。
長くなったので
詩集の話は、また明日。
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