でいりいおくじょのBLOG

2013.03.24

日本人気質?

昨日、お米の計量について書いたら
早速お返事をいただき
それを読んでいたら、カップに統一したいって思っている事自体
もしかしたら、料理研究家という職業的なこだわりであって
実生活とは関係ないところにあるのかもしれない、という気がして来ました。
一応、言い訳めいたことを書かせていただくと
 
レシピ本のレシピって
たとえば、だしの量とかを2カップという風に
カップ表示にしたら
その中の他の調味料もカップで統一し
 
ccとかmlで書いたら
醤油や味醂もその単位を使う
というふうな暗黙のルールのようなものがあって
 
頭とか感覚がそれに慣れてしまうと
レシピを見た時に、単位がいろいろ混ざっていると
なんか心がざわざわして、落ち着かないんですよ。
職業病ですね。
 
だから、
米2合
水360cc 
っていう表記も、なんか落ち着かなくて
360ccっていう中途半端な数字も
理科の実験じゃあるまいし、とかって思ってしまうところがあるんです。
 
いや、これってまったく個人的な問題で
そのレシピを作る人には、なんの関係もないことだとわかっているんだけど
私としてはレシピがスッキリしてないと、それが気になってしかたがないのです。
 
でも、世の中を客観的に見渡せば
米を1合2合で計るのは、別に違和感のあることじゃないし
米をすり切りで計れる1合カップは手に入りやすいし
〈炊飯に付属しているカップもそうなってるし〉
1カップだと、普通のカップではすり切りで計れないのは、たしかに不便。
〈ちなみに私はすり切りで計れる200ccカップを使っているので
全くないことはないのですが、正直普通にはなかなか売ってないです〉
 
しかも、
1合、とか一升瓶とかっていう言葉には、哀愁もある。
 
まあ、考えてみたら
日本の1カップ=200ccという概念は香川綾先生〈女子栄養大学創始者〉が
戦後発案されたもので
これも日本独自の単位なのだから
1合も1カップも日本的といえば日本的な計り方なんですけど
カップ表示の歴史って、“合”に比べれば、まだまだ短いのは事実。
 
ちなみに、計量カップや計量スプーンっていう、今当たり前に使っているものは
香川綾先生が家庭料のレシピを正確にきちんと伝えるために考えだされたもので
一流料理人やシェフたちに実際に料理を作ってもらって
減った調味料から使った分量を割り出すというような
地道な作業の結果に生み出されたものなんですね。
 
〈このへんの話に興味のある方は
「香川綾―栄養学と私の半生記」 〈日本図書センター〉
に詳しく書かれています。
これを読むと、今普通に私達が目にしているレシピという形式が
料理の作り方をきちんと伝えたいという思いで形作られたのだ
ということがよくわかって感動します〉
 
これは余談なんですが
国によって1カップの分量って違っていて
たとえばアメリカでは236ml
オーストラリアやカナダニュージーランドでは250ml
英国では284mlだそうです。
 
ずーっと前キッチンスタジオで撮影している時
そこにおいてある計量カップを使って料理を作っていたら
どうも、分量がおかしくて、最初は何がおかしいのかわからなくて
もしやと思ってその計量カップの水を他の計量カップで計ってみたら
全然違っていて、びっくりしたことがありました。
 
もし、外国製の計量カップを使っておられる方がいたら
一度日本製のカップで計って比較してみるほうがいいかも。
 
外国の計量カップで思い出しましたが
外国のレシピブックに乗っているレシピって
大さじ、小さじじゃなくて、
テーブルスプーンとテイースプーンで表示されてたりするんですよね。
 
初めて、外国のレシピを見た時
こんなアバウトな感じで料理が作れるんだろうかと思ったけど
それはそれで案外作れるんで、逆にびっくりしたり。
日本人のズボラとかいい加減とかっていうのと
本質的に、アバウトさが違うぞって、思っちゃいました。
日本人って、何やかや言っても、やっぱり几帳面な民族なんですよね。
 
そう思うと
今自分がこだわっていることもまた、日本人気質ってことでしょうか。
もっと、おおらかに気楽に作れていいはず。
自分ではそう思っているのに
どこか、きちんとレシピを伝えたいという日本人気質も私の中にあって
その間で、まだまだ揺れているのかもしれません。

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