でいりいおくじょのBLOG

2020.09.14

読書日記「密やかな結晶」

大好きな小川洋子さんの作品が

ブッカー国際賞の最終選考候補に挙がったというのを新聞で読み

あたらめて読み返してみました

 

「密やかな結晶」(小川洋子著 講談社文庫)

 

何かが少しずつ消えていく島のお話です。

 

何が消えていくかというと、

あるものが存在していたという記憶が、

記憶狩りという人々の手によって消されていくのです。

 

例えば、ある日ハーモニカが消えていたり

ラムネが消えていたり

鈴がなくなっていたり

突然、記憶の中から消えてしまうので、それがどんなものだったかもすぐに忘れて

まるで最初から何もなかったかのように、暮らしが続いていきます。

 

けれど、その記憶狩りの人々の手によって、記憶を消されない人がいて

そういう人は、記憶狩りの人につかまってどこかに連れていかれてしまうんです。

 

この物語の主人公である私は、小説家で

もうほとんど誰も読まなくなった小説をコツコツと書いて暮らしているのだけれど

「わたし」のお母さんは記憶を失わない人だったので、記憶狩りにつかまってどこかに連れていかれてしまったという過去があって

 

私の小説を本にしてくれていたR氏という人物が、記憶をなくさない種の人だという事がわかると、何か手助けをせずにはお入れなくなり

私は、彼を秘密の小部屋にかくまうことにするんです。

記憶狩りに人たちにも、近所の人にもわからないように。

 

その辺の感じが、アンネの日記を連想させ

一瞬、そういう理不尽な命の選別というような話かと思うんだけれど

読み進むうちに、そういう事ではないとわかってきます。

 

実は、主人公の私が書く小説は、タイピストの話で

人の言葉をどんどんタイプで打っているうちに自分の声を失い

タイプでしか会話ができなくなるんだけれど

ある時タイプが壊れてしまったことで言葉を失い

教会の時計台の上に壊れて動かなくなったタイプと共に閉じ込められてしまうというお話なんです。

 

R氏を近くにかくまう現実のストーリーと

私が書くタイピストの小説のストーリーが交錯し始めます

 

記憶狩りから消されないように地下に閉じこめられていく古い記憶たちと

言葉という形を失ってもなお、決して失われることのない思いのようなものがあって

それ純化して結晶化し、そこから新しい言葉が生まれていく。

 

この2つの対比が、この小説の核なんだと思いました。

 

考えてみたら

いつの間にか記憶から消えてしまって、それが存在していたこと自体、忘れ去られてしまっているものというのは、いくらでもあって

けれど、それが、本当に完全に消えてしまったかというと、そうではなく

かつて、それが確実に存在していたという事実だけは、決して消し去ることはできないわけで、

 

たぶん、そういうものを、記憶の中からすくい出して

それに言葉や形をあてがい、その中に詰まっている想いのようなものを結晶化させたもの

それを、人は芸術とか、文学といかっていうんじゃないのかな

この本を読んで、そんなことを思いました。

 

古い記憶の中にある、膨大な物語をどんどん純化させて

そっとすくい上げたもの

この物語のタイトルでもある「密やかな結晶」とは、

つまり、そういうことを指すのではと、思ったりしました。

 

消失の再生は繰り返されています

それは、いま私たちが生きている時間の中でも、それは繰り返されています。

 

だからこそ

素晴らしい文学作品を読むことや

素晴らしい音楽や芸術に触れることこそが

心の奥深いところにある、深くて大きなものに通じることができる方法なのではと思ったりしました。

 

小川洋子さんらしい不思議な物語で

心にしみる濃厚な読後感でした。

 

おすすめです。

 

2020年9月13日読書

コメント

  1. りえ より:

    毎日楽しく拝読しております。
    質問ですが、ブログで紹介されている本やビデオは
    どこで情報入手され購入(借りて?)いるのですか。
    私は積ん読ばかりで、なかなか読み進められなく、本の置き場所も
    なくなってきました💦家族からは「本はもう買うな!」と言われてしまいました。
    トホホ(´;ω;`)

    1. 奥薗壽子 より:

      こんにちわ。
      私もそういう状態になってしまい、本に生活スペースが侵食されて危ない状況になりました。
      たまっていく本の整理は、本当に大変ですね。
      それで数年前に、思い切って整理をしたんです。
      古本屋さんに売れるものは売り、ダメなものは古紙回収に出すという感じです。
      そして今は、できるだけ本を増やさないようにと思い、電子書籍で読めるものは電子書籍で読んでいます。
      本当は、紙の本が大好きなんですが、我慢できるところは我慢しないとと思っています。
      映画はネットです。アマゾンプライムとか、Huluとか、NHKオンデマンドとか
      いろいろ入っています。
      情報は主に、新聞やネットですかね。
      このHPでも、いろいろ教えていただいていますよ。

  2. コト より:

    こんばんは。
    いつもブログを拝見させて頂いています。
    奥薗さんの感想を参考に本を購入することがありますが今回も興味をひかれました。
    近いうちに購入し読みます!
    また面白い本がありましたら是非ブログに載せてください。

    1. 奥薗壽子 より:

      私の読書日記を読んでくださっているとのこと、すごくうれしいです。
      ありがとうございます。
      私は、もうずーっと小川洋子さんのファンなのですが
      この本は、小川洋子さんがすごく大事にされていたテーマを描かれているような気がしています。
      小川洋子さんの世界にどっぷり浸ってください。おすすめです。

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